2007年8月30日木曜日

22歳の誕生日

昨日は私の22歳の誕生日。留学先のタイで、ここで出会ったボーイフレンドや友達と、一緒に過ごせて嬉しい。ボーイフレンドのサンは、アルコホールにお金を使って「so no fansy b-day present」と前日に前もって言ってくれたから、ちっとも気にならなかった。それよりも、サンのおばさん(バーナー)からジムトンプソンのジュエリーボックスときれい色のバックをいただいたり、お母さんやお父さんから電話をもらって、その上お母さんからもプレゼントがあるという。サンの家族からもお祝いしてもらって、とっても嬉しかった。

前日、私とサンは険悪な雰囲気になった。前日も、shelby, ryan, yoshi, kozue, ou, the other guy( dont remember his name)とサンでcoco-walkに行き12時にみんなで祝うつもりだったのに...12時ちょっと前に、サンに電話がかかってきた。(サンはお母さんからと言って、席をはずした)しばらくすると戻ってきて、今coco-walkにいとこ(bomb)が来てるから話をしてくると言って、どこかに行ってしまった。すぐ戻ってくると思ってたのに、cheers!!をしたあともサンはなかなか戻ってこなかった。ryanとou以外のみんなは帰り、そのあとしばらく三人で待っていても、帰ってこなかった。ショックだったし、だんだん訝しげに思い始めた。
サンの話だと、いとこに会ったあと、x-girlfriendに会っていたという。彼女に、私についていろいろ聞かれたという。彼女を家まで送ったと言っていたから、あのsa-phaanもあのthanonも二人で一緒に並んで歩いたっていうことなんだ。私がだんだん疑い始めていたあの間。bombに彼女に会ってくれないかと頼まれたのかもしれないけど、会わなくたってよかったんじゃないんだろうか。「会いたくない」「会う必要はない」そう言えば、会わずに済んだんじゃないんだろうか。だって、もうすぐ8月29日になるっていう時に、サンはどこかに消えて行ったんだ。悔しくて、たまらない。
私は、サンのほっぺたを叩いた。たぶん私にとっても初めてのことだ。サンは、ひどく私を見放した表情をしていた。私が、サンの話を聞く前に叩いたんだものね。私がクラウスと連絡を取っていたことも、留学生と踊ったことも、私がいけなかった。サンが話してくれたことがどこまで真実か分からないけど、真実である限り、サンは私に嘘をついていなかった。それなのに、私が叩いたんだものね。あんな表情して、突き放そうとしたのも、理解できる。ごめんね。

22歳。これから「も」自分自身との勝負。

周囲の人に、思いやりの気持ちを忘れず接することができる女性(ひと)でありたい。
怠け者だから、それが原因でチャンスを逃すことがないように行動する。
人を羨んだり、妬むことにエネルギーを使うより、それを糧にして「理想の自分」を目指そう。
興味や関心事から生じる「未知なる自分」を発見するチャンスを逃さないように、アンテナを張り続けよう。

家族、これまで出会ってきた人たちすべてに感謝して。

2007年8月28日火曜日

ばっさりと心機一転

今日はAjaan Blairと難民を支援する活動をしているmichiko-sanと昼ごはんを食べた。michiko-sanは、ミャンマー人の旦那さんがいて、二人目のお子さんを妊娠8ヶ月目の、生き生きと働く女性だった。アボリジニの専攻でオーストラリアの大学、大学院を卒業し、オーストラリア、日本、ミャンマーで数年間働いた経験をも持つmichiko-san。大学、大学院での専攻があまりに専門的だったため、日本ではなかなか仕事が見つからなかったそうだ。そこで見つけた仕事が、今の仕事につながる仕事だったという。人生、何があるか分からない。

思い立ったが吉日。今日、髪をばっさり切りに行った。Thong Lor Soi 49のすぐそばにある106。日本人スタッフが常在ということで、安心して出かけた。実際、日本でヘアサロンに行ったような感じだった。仕上がりは、気に入った。思い切って肩にかからないくらいのボブ。タイ人女性のようにきれいなロングヘアを目指していたけど、もう限界。ロングヘアも悪くないけど、このくらいが私に似合ってると思う。明日、サンに会うのが楽しみ。
髪を切りたかった。心機一転するために。

2007年8月26日日曜日

大切な人

今年の二月にサンに出会った。留学生活が始まってまだ一ヶ月も経たないあの時、私はひどく落ちこぼれていた。クラウスと遠距離恋愛を始めたばかりだったのに、気を持たせてしまったジェイムスと寝て、ちょうど同じ頃にサンと出会い、付き合い始めて、パヤタイステーションのそばの(改装が終わるまでの)仮のコンドミニアムでセックスをした。あの時、私はまだサンを信用していなかった。突然始まった恋愛が、長続きすると思わなかった。あの時つまり三股をかけていた。周りにひどく反感を駆られ、私の恋愛に対するだらしなさに愕然とした。ようやくけじめをつけてからは、サージやネイ、ティム、サンの友達と仲良くなり始めて、留学生活が楽しくなっていった。サンは、毎日のように電話をしてくれたし、会いたいと言ってくれた。サンとの恋愛関係がいつ終わろうとも、留学生活はサンやその友達、サンの家族が私と築いてくれたかけがえのない一年間。

昨日、サンの弟(sea)さんの誕生日会(誕生日8/26)に招待され、お好み焼きを作った。前日(welcome party)前までは、私がサンの彼女だから招待されるんだとばかり嬉しく思っていたのに、サンが突然マイたちを誘ったから、正直がっかりした。私が予想したとおり、マイはサンのお母さんとも、メイドさんとも仲良くタイ語で話していた。それが原因でだんだん私は卑しくなり、いらいらし、耐え切れず食事が終わった後に、二回も席をはずした。二回目にサンのおばさんだという人(ドゥシットホテルで働いているそうだ)が、私が涙をこらえているのに気づいて、サンが追いかけてきた。
思ったことを話したけれど、なんだか「浮いていた」。私は、かまってもらえないことが悔しかったんだ。タイ語が話せるマイを妬んでいたんだ。私よりも何でも長けているマイを妬んでいたんだ。

笑顔が素敵なマイ。
good-lookingなマイ。
タイ語が話せるマイ。
聞きたいことを素直に聞けるマイ。
話し上手なマイ。

なんでもなんでも長けているマイ。

だったら、彼女を見習おう!妬んでだけいたら、その先始まらない。私が苦手なことを克服するチャンスじゃない。

それから、sun, tim, ou, bomb, and yoshiがゲームをしながらウイスキーを全部飲み干した頃、突然サンが「you are lier, you danced with guys at rca, right?」と聞いてきた。突然のことで急に怖くなって涙が溢れ出てきて、階段を下りたけれど行き場を失って戻ってきた。その後、サンは冷たい目で問いただしてきた。
出会った当初、すくには信用できなかったけど、いつもどんな時でも傍にいてくれて、いつの間にかサンの優しさに甘え過ぎていたのは、私なんだ。本当はサンが行かないクラブに私を行かせたくなかったのに、「have fun, but dont do that too much」そう言って送り出してくれたサンを、私は裏切った。嘘をついた。私は新しい留学生のsteveと踊ったし、身体を触られても、踊り続けた。

timやbombはサンはただ酔ってあんなことを言っただけだと私をなだめてくれたけど、私はtimとbombからの優しい言葉を受け取るに及ばない。

私はサンを愛している。普段は結構仏頂面だけど、笑った時の幼げな屈託のない笑顔が好き。台所に立つ姿が好き。私の両親に会った時、しっかりお父さんの質問にも堂々と答えていた彼が好き。家族を愛している彼が好き。タイの映画を観た時に、場面場面で説明をしてくれた彼が好き。道路は必ず外側を歩こうとしてくれるサンが好き。付き合い始めた頃「同じ授業では隣の席に座る」約束を守り続けてくれているサンが好き。昨日自分が吐いた汚物を酔っ払っているのに、片付け始めたサン、翌朝がっかりした表情で掃除を始めたサン。案外神経質な(まじめな)ところは、お父さんに似ている。いびきまでお父さんに似ていた。(体格の問題か)

私はサンを愛している。留学先で始まった恋。いつどんな形で終わるか分からない不安定な恋愛だからこそ、サンがバレンタインの日に手紙に残してくれたように、I am going to do my best every minute we spend together...sun, I really love you.

最近長居をしたり、泊まったり、昨日の気まずい出来事(私だけからも知れないけど)があったけど、今日の帰り際、サンのお母さんが抱きしめてくれた。最高に嬉しかった。

2007年8月23日木曜日

教訓

誰に聞けば、効率よく情報収集できるか、問題解決できるか、考えて行動しよう。

何で調べれば、効率よく情報収集できるか問題解決できるか、考えて行動しよう。

リエはいつも戦闘態勢だ。苦手な人には厚いバリアを張ってると思う。目がギラギラしてるし、相手を押し込もうとするような癖があると思う。こずは、昨日ストレスでお菓子を限界まで食べたそうだ。彼女は、リエと一緒に住んで快適なんだろうか。とにかく、一人暮らしを始めてよかった。私は、リエが苦手だ。それなりのうまい付き合い方がきっとあるだろう。

2007年8月21日火曜日

AIUの司書イイノさんと

おととい、AIUで司書をしているイイノさんとAIU生, mai, ou, tim and sunで夜遅くまで飲んで過ごした。co-co walkのpool(ビリヤード)があるバーで。サンがリエにpoolの方法を教えていて、リエも楽しそうにしていて嬉しかった。
poolが終わったあと、みんなでテーブルを囲んで、ゲームをした。片手を出して、それぞれ5の倍数を言っていく。全部で言った数と同じ数が出たら、片手を引っ込められる。最後まで残った人は、変態な質問に正直に答えなきゃいけない。少ししかできなかったけど、おかしかった。

そのあと、私はou, tim and sunとサンの家に行った。私はいったん部屋に戻って泊まる準備をして。サンのおばさんの誕生日の日、サンのいとこbonの彼女も来ていた。タイでは、それかサンの家では、真剣なお付き合いをしていなくても、彼女を連れてくるんだろうか。初めてサンの家に泊まった。男性の家族がいる家に泊まった。そして朝、あのボリュームがあるba mii heenにnuaをのせた朝ごはん(昼ごはん)をいただいた。家族と一緒に。もっともっと、タイ語でサンの家族に話しかけよう。

2007年8月19日日曜日

サンのおばさんのB-day

今日8月17日はサンのおばさんの誕生日。
料理が得意なおばさんの誕生日に招待された。サンのInternational Lawの授業が終わってから、お昼過ぎに彼の家に。着いて早々春巻きを巻くのを手伝った。誕生日だからいくつも料理が並ぶと思ったら...春巻きと手伝いをする前にご馳走になったKhanom ciin(中華菓子じゃない、イエローカレーのようなタレにそうめんのような麺をつけた料理)。それも特に誕生日おめでとう!!といった雰囲気もなく、いつものお昼や晩ご飯と変わらなかった。

Suk saan wan kert!!

私の誕生日は、みなさんに日本料理を振舞おうかな。んーいい度胸だ。。。笑
自分の誕生日に、お世話になってる人たちに感謝の気持ちを伝えるのって、素敵だ。

2007年8月16日木曜日

Phetchaburi

今日は初めてのタイ国内一人旅!!と意気込んでアヌサワリまで行ったら、バス停でP-aeに会った。私が南バスステーションまでのマイクロバスを待っていると、「どこに行くの?」と声をかけてきたP-ae。「だったら、28番のバスに乗るといいよ。」そう教えてくれた。まもなくその28番のバスが来て、一緒に乗った。ドンムアン空港で働いていて、今日は週に一度の休み(木曜)なんだと言い、結局ペチャブリ(ペッブリ)まで一緒に行くことになったのだ。どうしていつも私はタイ人やインド人にまで声をかけられるんだろう。マイやリエからそんな話、聞いたことがない。「狙いやすい」んだろうか。

十分気をつけなくては。

それでも、P-aeに会わなければちゃんとペチャブリまで行けたか分からない。南バスステーションまで行くにも、土地勘がないから「今どの辺りにいるのか」はっきりしなかった。途中、サンが私の両親と私を連れて行ってくれたあのレストランから見えた橋が見えたけれど。あの橋は、「ラマ8世橋」というそうだ。ついでに、目的地まで行くのに通った橋は、「クルントン橋」。

ペチャブリが発祥の地だという「カノン・モーゲーン」も、P-aeがいなければ分からなかっただろう。「やけに同じお菓子が売られてるな」くらいにしか思わなかったと思う。

感謝。

サンには、hmmm, still kinda weird though...と言われたけれど、旅の間ずっとタイ語でP-aeや韓国人に話し続けた自分が、今は誇らしい。P-aeと会えて良かった。

今度はどこに行こう、一人旅。